家以外の居場所
子供の事。
いつの間にか、いない事が当たり前になった。これからもずっと。
アラフォーになってから、子供はどうするのか?どうなるのか?と、ずっと悩んでいた。迷っていた。
もう無理だろうな、と思いつつも「子供のいない夫婦」になる事を受け入られずにいた。
このブログを始めた頃も、自分なりに真剣に悩み、そんな悩みを書き綴っていたように思う。
「そろそろ諦める?」
何度も夫とそんな会話をし、それは今月?来月?いつで?と、いつも決められずに何時間も話し合ったりもしていた。
でも実際の終わりは、「いつの間にか」だった。
それは、昨年の春から始まった私の不調が大きいと思う。
子供どころではなくなってしまったのだから。
体が悪いのが先か、心の不調が先なのか?どちらが先かは分からないが、いつも体と心は比例するように共に崩れてしまう。
そんな自分自身の事で精一杯で、子供の事は心のずっと奥の方にしまい込んだ。
春が過ぎ、夏、秋、冬が来て、しまい込んでから約1年が過ぎた今、ようやく自分自身は少し落ち着きつつあるが「子供が欲しい」という強かった気持ちは過去のものになっていた。
夫ももうその話題はしない。
時々、「老後も二人だしね」と二人きりの老後を夫婦でイメージする程度。
もう自分が親になる事はないが、もし子供がいたらどんな子供だったかな?どんな母親になれただろう?そんな想像はする。想像するのは自由だもの。
TVでキャラクター弁当を作るママが映っていたら、「あぁ、私もあんなの作ってみたかったな。子供を喜ばせたかったな」と想像する。
今度生まれ変わったら、絶対に母親になるんだ!と意味のない決意を一人してみたり。
子供をもてなかった事は寂しいが、これからは二人で生きる。
そんな今後の生き方、のようなものを考える事が増えた。
子供のいない夫婦の暮らし、ってどういうのが理想なんだろう?
とりあえずは私自身、家以外の居場所を見つけるのが目標。
自分が必要とされる場所、自分が生き生きと出来る場所、それが家以外、夫以外でみつけられるといいと思う、いつか。
自分がもう少し外に出て、新たな居場所を見つけた時、夫にも幸せを与えられる人になるのだろうと思う。
今は夫に依存しすぎているから。
時々、「老後も二人だしね」と二人きりの老後を夫婦でイメージする程度。
もう自分が親になる事はないが、もし子供がいたらどんな子供だったかな?どんな母親になれただろう?そんな想像はする。想像するのは自由だもの。
TVでキャラクター弁当を作るママが映っていたら、「あぁ、私もあんなの作ってみたかったな。子供を喜ばせたかったな」と想像する。
今度生まれ変わったら、絶対に母親になるんだ!と意味のない決意を一人してみたり。
子供をもてなかった事は寂しいが、これからは二人で生きる。
そんな今後の生き方、のようなものを考える事が増えた。
子供のいない夫婦の暮らし、ってどういうのが理想なんだろう?
とりあえずは私自身、家以外の居場所を見つけるのが目標。
自分が必要とされる場所、自分が生き生きと出来る場所、それが家以外、夫以外でみつけられるといいと思う、いつか。
自分がもう少し外に出て、新たな居場所を見つけた時、夫にも幸せを与えられる人になるのだろうと思う。
今は夫に依存しすぎているから。
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