迷惑をかけてもいい人
近所で同じ班の主婦から電話がかかってきた。
すぐ近所、目と鼻の先に住んでいるのに。
今まで電話などかかってきた事は無く、挨拶程度であまり会話をした事もない。
「ころりさん、ちょっとお願いしたい事があるんだけど…今から行ってもいいですか?」
そう言われてかなり身構えた。
いつも近所の人が突然家に来る事にビクビクして暮らしている。事前に分かっていれば少しは気が楽なのに…そんな風に想像していたが実際は違った。事前の電話などもらってしまうと、何事かと今まで以上に不安になった。
その主婦は電話を切った後、すぐに来た。
何を言われるのかと不安な思いで話を聞くと、「今年の役員を変わって欲しい」という事だった。
その主婦は近々引っ越しする事が決まったらしい。と言っても家を売却する訳ではなく、夫の仕事の関係で一時的に転居するだけ。家はそのまま残し一定期間過ぎればまたこの地域に戻ってくると言う。
彼女は今年、班長をしているのだが、引越しした後に私に引き継いで欲しいと言うのだ。
なぜ私?
咄嗟にそう思った。
それは班の全員で相談して決める事では?
その主婦にそう言うと彼女は、「急なお願いになるので皆に迷惑をかけたくない」と言った。
私には迷惑をかけてもいいと?
心でそう思ったが口には出せなかった。
だが彼女の口調、表情、言葉の端々から、同じ班のボス主婦の存在に怯えているのがひしひしと伝わってきた。
彼女が心配している通り、きっとこの事がボス主婦に伝われば、
「それならどうして今年の役員を引き受けたの?」
「もっと事前に分かっていたんじゃないの?」
色々な嫌味を言われるだろうと想像出来る。
それにこのまま二度と会わない関係なら割り切れるが、今回の主婦はまたいつかこの場所に戻ってくるつもりなのだ。関係を壊したくはないだろう。
「ごめんね、ころりさんが引き受けてくれたら皆にもそう伝えるだけで済むし…」と、彼女は申し訳なさそうな顔をした。
どうやらまだ誰にも話していない様子だった。
いつもの私ならここで負けてしまっただろう。
善人面をして「いいですよ」と言い、彼女が帰った後に一人で落ち込んだだろう。
それが想像出来たから、今回は断った。
「無理です、私も色々忙しいので。皆で相談して結果的に私に決まれば仕方がないですけど…、やっぱり話し合うべきじゃないですか?」
「そっか……無理ですか…」
彼女は明らかにがっかりし、「どうしよう」と悩んでいた。
そんな姿を見ると、ここで協力すれば彼女との距離が縮まり、友人への第一歩になるかもしれないと一瞬頭をかすめた。
しかし迷惑をかけてもいい人、簡単に頼みやすい人になってしまうのが嫌だった。
冷た過ぎただろうか。
それでもこの地域を少しでも離れられる彼女が羨ましい。
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