私の価値
――前回の続き。
「ころりさん懐かしいわ。お元気ですか?」
「はい、皆さんもお元気ですか?」
しばらくお決まりの挨拶を交わし、そのうち奥さんが私に言った。
「ころりさん、今どこかにお勤めですか?」
その瞬間、私はこの電話は仕事への誘いかと思った。「うちの会社に復帰しませんか?」そんな誘いなのかと。
「いえ…あの、まぁ在宅で少し働いていますが…」
どう答えて良いのか分からずしどろもどろ。
答えながらも、頭の中で考えた。
見知らぬ会社で一から働く事を思えば、以前の会社に復帰する方が楽かもしれない。それなら頑張れるかも。
その時の私の頭には、夫の親の事や自分の体調の事など消えていた。
そして、私の心の中にはまだ外で働いてみたいという気持ちが残っているのだと気付いた。
だが現実的には無理だ。夫や夫の親に非難されながら働くなんて辛いし続く自信はない。
そんな事を考えていると、電話の向こうで奥さんが言った。
「実はね、人の入れ替わりが激しくてなかなか良い人が定着しなくてね」
「はい」
「でも最近若くて良い人が入社してくれたんです」
「…はい」
「それで以前経験のあるころりさんからレクチャーしてもらえないかと思いまして」
「…はい」
何だ、そういう事か。
自分への復帰依頼だと思い込んだ自分が恥ずかしい。何て思い上がり。
穴があったら入りたい気持ちだったが、私はそれを隠すかのように元気な声を出した。
「私でお役に立てるかどうか。自信はありませんがもし何かあればいつでもご連絡下さい」
そう言うと奥さんは嬉しそうに、「本当に?また連絡しても大丈夫?」と言い、その若い新入社員に指導する約束を取り付けた。
「あの……私の後任だった方や、他にも経験者の方に頼めないのですか?」
私は気になっていた事を聞いてみた。
辞めてから何年も経っている私にわざわざ連絡してこなくても、その後に勤めた人はたくさんいるはず。
すると奥さんが言った。
「だって他の人だと断られそうだから。ころりさんになら断られないと思いました」
……そう言われ、何だか虚しくなった。ただ私が断れないから連絡をしてきただけ。
私の価値はたったそれだけ。
よく読まれている記事