始まりは視線
その日の心療内科は混んでいた。
待合室には患者がいっぱいで、皆が身を小さくしながら座っている。
ベンチ椅子なら空いたスペースがあったが、私は誰かと肩が触れる距離で座るのが苦手な為、その場を離れた。
まだまだ自分の順番が来る事はない。
私は少し離れた休憩スペースに座り、自動販売機で買ったウーロン茶を飲んでいた。
しばらくして、斜め前に座っていた女性と目が合った。
普通なら咄嗟に目を逸らす。
特に心療内科に来ている人達は目を合わせるような事はなく、もし合ってしまってもすぐ逸らす。皆静かに俯いているのが常だ。
だがこの女性は違った。
ニッコリ。
え?
私は目を逸らす事が出来ず、慌てて自分も微笑み返した。きっと顔が引きつりぎこちない表情になっていたと思うが。
その後私はすぐに手元のスマホに視線を移した。
スマホに集中するフリをする。
しかし……
しばらくしてまた顔を上げると、またその女性と目が合った!
え?また?
この人、もしかして私の事見ていた?
それともただの偶然か。自意識過剰だろうか。
すると先程は「ニッコリ」で終わったその女性が、今後は会釈をしてきた。
私は戸惑いつつ、会釈を返した。
と、次の瞬間、彼女はヒョイっと腰を浮かし、私の隣に座ったのだ。
嘘ーっ、何なの。
「今日は混んでいますね」
面倒な人だったらどうしよう……最初はそう思ったが、彼女の声が予想外に優しく穏やかだった為、私の警戒心が徐々に緩んでいくのを感じた。
「そうですね」
「長くこの病院に通われているのですか?」
「はい、何年か…あなたも?」
そんな風に彼女との会話が始まった。
――続きます。(▶初対面でLINE交換)
よく読まれている記事