気にされない気楽さ
久しぶりにパートに出勤した。
以前は私の指定席があったが、すっかりよそ者の私にはデスクが無い。
「今日はどこに座ればいいですか?」
出勤後、まずその確認から始まる。
「あ、坂口さんの机を使って下さい」
そう言われ、その日は坂口さんのデスクに座る事になった。
坂口さんとは1日5時間程度勤務しているパート主婦だ。
しかし平日は毎日出勤しているはず。デスクが空いているなんて、もしかして退職した?
最初はそう思ったが、デスクの上を見ると予定が記入された卓上カレンダーや筆記用具など、彼女の物と思われる事務用品がそのまま残っている。
偶々休んでいるのかもしれない。
そして休憩時間、パートの主婦3人と休憩室で一緒になり、何か会話しなくてはと思った私は言った。
「坂口さん、今日は欠勤されているんですね」
すると一人が言った。
「今日だけじゃないわ。あの人、三週間近く休みをとってるのよ」
「え?どこか悪いのですか?」
咄嗟に私は病気で休んでいるのかと思った。
するとその場にいた3人の主婦は顔を見合わせ、
「ね?」
「だね」
と何やら目配せをしている。
意味が分からず私が固まっていると、
「あの人ね、子供の受験に必死なの。子供の受験が終わるまで大変だからって休みを取ったのよ」と、話し始めた。
なるほど。
受験の子を持つ親はそんな気苦労まであるのか。私には理解出来ないが、最近の親はそれが普通なのかもしれない。
そう思いながらその話を聞いていたが、どうやらそうでもない様子。
「よくやるよね」
「過保護もいいとこ」
「私も子供が受験だけど仕事してるわよ」
と、3人の主婦は口々に言い始めた。
確かこの3人も坂口さんと同年代の子がいたはずだ。
彼女達の嫌味を含んだ口調を聞いていて、子あり主婦の大変さを垣間見た気がした。
子なし主婦は疎外感に苦しむ。
だが子あり主婦のこのメラメラと伝わる対抗意識に圧倒された。
子あり主婦が群れている姿を見て羨ましく思う事もあるが、こんな様子を見ると羨ましさも半減する。
私はただ黙って彼女達の話を聞いた。
もう3人とも私の顔など見ていなかった。
それでいい。
子なし主婦は孤独だ。だけど誰にも気にされない気楽さがある。
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