おしゃべりスイッチ
「おかえり」
夫が帰宅し、そう声をかけてキッチンに入った。
早めに作っておいたおかずを温め直し、テーブルに運んだ。
夫はテレビに集中している様子。一通りの皿が並ぶと、夫は箸を取り先に食べ始めた。
いつもの事だ。
「いただきます」もなし。
だがそれが不満な訳ではない。私の方も「どうぞ」と声をかける事もないし、互いにこれが自然なカタチとなった。
私は夫に遅れて食事をし始めた。
その時の私は何を考えていたのだろう。覚えていない。無だったのか、親や仕事や……何かいつもの悩みで頭がいっぱいだったのか。
「静かだね」
そう言われて顔を上げると、夫が私の顔を見ていた。
「え?」
「ずっと何も話さないから。何を考えているのかと思って」
夫に言われて、そう言えば夫に「おかえり」と言ったきり、その後は何も話していない事に気付いた。
「あ、ごめん」
私がそう言うと夫は、
「別にいいんだけど、ずっと家に一人でいたら、僕がいる時ぐらい話したくならないのかと思って」と言った。
確かに、少し前の私はそうだった。
夫が帰宅するのを心待ちにし、今日見たテレビや思った事など、何でも夫に話していた。聞いてもらっていた。
だがいつの頃からか、夫の帰宅後も一人でいたいと思うようになった。
夫が嫌になった訳ではない。
夫への依存心は相変わらずで、夫がいなくては生きてはいけない。
だが「話したい」という欲求がいつの間にか減ってきたように思う。
義母や実母と会う時には仕方なく話し相手をする。
時々職場に行けば、精一杯努力して声を出すようにする。
そんな風に外では無理やり私のおしゃべりスイッチを入れる。
だが家では……。
夫の前だからこそ気を抜いていたのだろう。
いつまでも私のおしゃべりスイッチは入らない。
努力するべきだろうか。
家の中でも夫の為にスイッチを入れるべきか迷っている。
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