一人より二人
義父の眼科への通院に付き添った時の事。
入口から患者が入って来た。
80歳は超えているであろう老人女性。85歳ぐらいか。
杖をつき、ゆっくりとした歩調で歩いている。
その背後には、同年代と思われる老人女性が一緒にいた。こちらも80歳にはなっていそう。
その老人二人は手を繋いで受付まで向かった。
「すみません、私、初めて受診するのですが」
年上の方の老人が言った。
耳は遠そうだが、口調はしっかりしている。
様子を見ていると、どうやら年上の老人が患者本人であり、年下の老人は付き添いのようだ。
受付女性に説明している内容によると、その年上である患者の老人は目を手術する必要があり、どこかの病院で紹介状をもらってきたらしい。
「手術してもらえますか?」
ゆっくりと大きな声で患者の老人が言った。
受付女性は、「先生が検査しますから、椅子に座ってお待ち下さい」と説明した。
その二人の老人は私の隣に座った。
二人ともずっと手を繋いでいる。
「大丈夫よ、心配しなくても有名な先生だからね」
「そうね、きっと上手に手術してくれるわね」
二人で言い聞かせるようにそんな会話をし始めた。
そのうち受付女性が近寄ってきて、問診票を書くように指示した。
患者の老人はペンを持ったものの、書き方が分からない様子。それを隣から付添老人が一つ一つ説明しながら、書くべき事をアドバイスしていた。
そして問診票を回収に来た受付女性が付添老人に「ご関係は?」と質問した。すると付添老人が言った。
「友人です」
私はますますその二人に興味を持った。
その後も二人の会話は続き、二人とも耳が遠いからか声が大きく、ヒソヒソ話のつもりでも周囲に丸聞こえ。
患者の老人はやはり手術が不安らしく、入院時の話になった。
「入院中に分からない事があったらどうしようかね」
「私も一緒にいるから大丈夫よ」
「あなたがずっと泊まってくれたら安心なんだけどね」
「それは看護師さんに迷惑がかかるわ」
そこで患者の老人がしばらく黙った。納得したのだろうか。
だがその次にその老人が言った。
「退院した後は泊まりに来てくれるかい?」
「その頃には一人でも大丈夫になってるわよ」
そう言い付添老人は笑い、優しく患者の老人の肩を擦った。
すると患者の老人が
「一緒にいましょうよ。一人より二人の方がよく眠れるでしょ」と言った。
付添老人は、「そうね、ありがとう、考えておきますよ」と笑っていた。
私はまだまだこの二人の会話を聞いていたいような気持ちだった。
リアル老後。
この老人二人に子はいないのか、頼る人が他にいないのか分からないが、会話を聞いている限りはそれらしき人の名は登場しなかった。
手術が終わり落ち着いたら、また一緒にデイケアに行こうと話していたから、そこで知り合った友人なのかもしれない。
二人を見て感じたこの気持ちをどう言えばいいのだろう。
自分の行く末を見ている気もするし、この二人は助け合える友人がいて羨ましい気もする。
そして何より、若い家族に付き添ってもらっている老人患者が多い中、老人二人で支え合うその姿に励まされる思いがした。
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