風のように去る僧侶

今日は義父母の家に住職が来る日だった。
「ころりさん、住職が来られたらすぐに蝋燭に火をつけてね」
そう言われて「何時に来られるのですか?」と聞くと、義母からは「昼頃」というアバウトな返事。
実際、寺から送られてきた連絡ハガキには、「昼頃お参りに伺います」と書かれていた。
確かに。
僧侶にとっては一年間で一番忙しい時期だろう。
一日に何十件と回るのだろうから、何時と指定するのは難しい。
それにしても……昼頃とは範囲が広い。
11時でも15時でも昼頃と言われればそうかも……と思う。
「ころりさん、動きは素早くお願いしますよ。住職はお忙しいから、お茶の用意もモタモタしていたらご迷惑よ」
余程私がノロマだと思われているのか、義母は「素早く」をしつこく繰り返した。
そして、
「おしぼりは必ずレンジでチンしてね」
「茶と菓子とおしぼりを出す順番は注意して」
「お茶出しが終わったらお布施と菓子折りを持ってきて」
「その後は紙袋をお渡しして」
など次々と義母は私に指示を出し、早く終わって欲しい……そんな気分になった。
そしてようやく住職が来られたのは14時半だった。
住職が部屋に入り、挨拶もそこそこにすぐにお経が始まった。何だか慌ただしい。
そしてものの2分程過ぎたところで、まさかの終了。
え?もう終わり?
驚く私は飛び上がり、慌ててキッチンにお茶を取りに行った。
だがその瞬間住職が立ち上がり、「ではこれで失礼します」と言っている。
待って!お茶!お布施!
私はさらに慌ててキッチンから飛び出し、「すみません!これ!」と、とりあえずお布施と菓子折りだけ義父に渡した。
まるでバトンタッチのように義父は義母に渡し、義母もオロオロしながら礼を言いつつ住職にそれらを渡した。
その場にいた全員が立ち上がったまま。
盆のお経とはこれ程落ち着かないものなのか?
私はその5秒程の隙に、ドボドボと茶を冷茶グラスに入れ、おしぼりと共にダッシュで住職の前に行った。
もちろんおしぼりをレンジでチンなんて出来るはずがない。
だが遅し。
住職は既に玄関に向かい、草履を履き始めた。
「申し訳ありません。お茶もお出し出来ず……」義母と私が頭を下げると、住職は軽く会釈して風のように去って行った。
凄い。
想像以上に一瞬の出来事だった。家の滞在時間、3分……5分も無かった気がする。
義母は完璧に対応出来なかったのが悔しかったのか、
「こういう所はまた勉強ね!長男の嫁はもっと上手くやってくれたわ!」とガツンと言われてしまった。
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