仲間という絆

――前回の続き。(▶待っていたのは見知らぬ人)
渡したかったもの
私が席に座ると、すぐに真知子さんは私に名刺を差し出した。
そこには彼女のフルネームと、彼女が所属する団体名が表示されていた。
これが美智子さんが以前から言っていた「仲間」の団体なのだろう。
これは宗教への勧誘なのだ。私は確信していた。
だが二人はすぐにその話をせずに、しばらくは世間話を続けた。
「この店のパン、食べた事あります?このメニューがお勧めなんですよ」
「この辺りは静かな地域でいいですね」
そんな会話に「はぁ」「まぁ」と曖昧な相槌を打ちつつ、いつ「その話」が始まるのだろうかと内心ヒヤヒヤしていた。
そして私が注文したコーヒーが運ばれてきた後、「その話」が始まった。
「ころりさん、これを渡したかったんです」
美智子さんが私の目の前に冊子を置いた。
そして彼女達も同じ冊子を手に取り、ページをめくりながらその内容の説明を始めた。
私は彼女達の話を半分聞きながら、もう一方で、「なぜ彼女達はこれ程必死なのだろう」と思った。冷めた目で客観的に見ている自分がいた。
彼女の変化
そして美智子さんの生き生きした様子にも驚いた。
今まで会った時や、ラインのメッセージの様子からは、どこか鬱っぽさを感じさせ、穏やかな人という印象だった。
だが今、目の前で目を輝かせながら話すその人は、まるで別人のようだ。
水を得た魚とでも言おうか。
私はタイミングを見て言った。
「あの…私はこういう宗教活動には興味がないんです、すみません」
なかなか言葉を挟む隙がなく、さらに二人の雰囲気に圧倒されながら、何とかようやくこの一言を言った。
ここである程度は引いてくれるかと思った。しかし…
「ころりさん、そういう事じゃないんですよ。別に押し付けようとか、何か押し売りしようなんて事ではないんです」
「皆さん誤解されるんですよね。私達はこの信仰が素晴らしいって事をより多くの人に知ってもらいたいだけなんです」
二人が口を揃えて言うので、
「うーん…でも私…」と言いかけると、
「まぁ、まずは聞くだけ。コーヒーを飲む間、聞いて頂けるだけでいいんです」
と言い、また続きが始まった。
私はこんな宗教活動に加入する気はない。
だがこの日、私が心に残ったのは、二人の話が鬱陶しかったという事よりも、美智子さんが生き生きしていた事だった。
彼女が「仲間がいる」と何度も言っていたのが実感として分かった。
本当に彼女達は仲間という絆で結ばれているように見えた。
彼女達に、「一度集会にも来て頂けませんか?」と言われたが、ハッキリと断った。
しかし…
私が今以上に歳を取り、体も心も弱っていたとしたら…。
あの仲間の絆が羨ましく思うような気がした。いや、今でさえ既にどこかで羨ましく思っている自分がいる。
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