常識
――前回の続き。
お冠?
ドキッとした。ヒヤッとした。
何だろう?どうして?何か怒らせるような会話をしてしまっただろうか?
「え?どうしてですか?」
私は一瞬にして顔色が変わっていたのだろう。
そのパートは苦笑したまま、
「まぁまぁ、そんな気にする程の事じゃないって。ちょっとした事だから、ね?」と言った。
だが私の不安は膨らむばかり。
「教えて下さい、何て言ってたのですか?」
するとそのパートは古内さんのお冠内容を私に話してくれた。
「古内さんが言うには、普通は帰宅時に送ってもらったら、お礼にいくらか渡すものでしょ、って」
私は驚いた。
古内さんに送ってもらった時、彼女に金を渡そうなんて思いつきもしなかったのだ。
「ありがとう」と言えばそれでいいものだと思い込んでいた。
私は正直にその気持ちをそのパートに言った。
すると彼女は
「私もどちらかと言うところりさんと同じ考えよ。仕事の帰りに送ってもらったぐらいで厳しいわよね。うんうん、私も同じ」と繰り返した。
だがその後に続けて言った。
「だけど相手が古内さんだったら気を付けるかな。そういう考え方の人だって分かっているから」
さらに彼女は、
「色んな考え方の人がいるものね。古内さんもころりさんも悪くないと思うのよ。でも相手の雰囲気を見て気を付けた方がいいかもね」とアドバイスめいた事を言ってくれた。
私はとにかくショック。
何が正しいのか分からなくなった。そのパートの彼女は他にも例を出して色々話してくれた。
今の時代、割り勘が当たり前だと言う事。男女の間でも、時には上司との間でも割り勘。例え結果的に割り勘にならなくても、出す姿勢を見せるのは大事。車で送ってもらう時も、ガソリン代や車を使わせているという事を考えると、せめてお礼の気持ちを出しますという姿勢が大切だと言う。
確かに車の場合、それが長距離だったり別のシチュエーションなら私もそう思うが、まさか帰宅時の「乗っていく?」という誘いにもお礼の金が必要だとは思わなかった。少なくとも私の若い頃には同じような事が度々あったが、皆、相手に金を渡していたなんて聞いた事がなかった。
パートの彼女は頻りに言った。
「今は時代が違いますしねぇ」
私が無知だったのだろうか?礼儀知らずだったのだろうか?
少なくとも、「女同士の付き合いあるある」が分かっていなかったと強く実感した。
20代の若い頃にはそれなりに職場での付き合い方を分かっていたように思う。(上手く出来ていたかは別として)
だが長い間引きこもっていた事で、私の常識感覚はその時のまま止まっている。
時代に乗り遅れているのかもしれないし、常識感覚が若いまま成長していないのかもしれない。
たとえ私の考えが間違っておらず、「そんな事ぐらいで金を払う必要なんてないわ」と多くの人が言ってくれたとしても、パートの彼女が言うように、「相手によって合わせる。相手を見る」という技が私には欠けているのかもしれない。
私は彼女に聞いた。
「どうしよう。今からでもお金を渡した方がいいでしょうか?」
彼女は言った。
「ダメダメ!今更そんな事してもまた火に油を注ぐようなものだから。静かに待つ方がいいと思う」と。
私は内心溜息をついた。
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