安心感
私の実家の親も、夫側の親も、それぞれ歳を取ったのか、最近どちらの家に行っても墓や葬式の話になる事が多い。
私自身は暗い性格だが、親から聞く話は明るい方がいい。
病気、孤独、介護、葬式、墓、……そんな話を聞く度に心に重石を乗せられたような気持ちになる。
とくに義母は、自分のお葬式がどんな風に行われるのか心配らしい。
自分の死後の事まで心配出来るなんて、ある意味今が幸せな証拠だと思うけど。
どちらの親にも私は答える。
「心配しなくても大丈夫だから」
どれ程重荷な事であれ、残された子である私達が最後は責任を持つしかない。
多分、その時には私は大部分を夫に頼る事になるだろう。夫がいてくれるからこそ、親達に「大丈夫」と答えられる。
だがそれとは別に、年々不安になっているのが、自分自身の時の事。
私が夫より先に亡くなればいい。
そうでない場合の時が怖くて仕方がない。
誰も頼る人がいない中、私一人で夫の葬儀なんて出来る?と、リアルにその時を想像してみる。
付き合いのない夫の親戚、夫の仕事関係の人達、私の親戚、近所の人達……。
そういった人達に挨拶し、葬儀後の食事と会話の相手をする。
想像するだけで倒れそうだ。とても私に出来るとは思えない。
ある時、子供のいる主婦とそんな会話をした時、「分かるわ、不安よね」と共感してくれた。
しかし私は内心、「あなたには子供がいるから私の不安と同じではないでしょう」と、歪んだ感情を持った。
たとえ子供が何もしてくれなくても、ただ傍にいてくれる存在がいるのといないのでは全く違う。
私は今、何か困った時、辛い時、悲しい時、いつもいつも夫に頼っている。夫だけに。
だからその夫がいないという最大の悲しみの時、とても私に乗り越えられるとは思えない。
葬式もせず、誰にも知らせず、何もせずただ一人で蹲ってしまいそうだ。
考えても仕方がない事。
分かってはいるが、ついつい考え始めると黒い沼にハマっていく。
自分より長生きするであろう家族がいるという安心感。
それがある人が羨ましい。
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