可哀想
このブログに何度か登場した事があるが、以前散歩中に知り合った女性がいる。お互いハッキリと確認し合った事はないが、彼女も鬱病だ。
前回会ったのはいつだったか忘れてしまったが、最後に会った時も確か、「最近まで入院していた」と言っていた。
彼女の症状は悪化する一方のようで、年々入院する頻度が多くなっている様子だった。
もう長く見かけていないな……と思っていたが、先日、スーパーで彼女の母親にバッタリ会った。
お互い同時に気付き、
「ころりさん?お元気?」
「お久しぶりです」
と声を掛け合った。
彼女の母親は70代ぐらいだと思うが、その年代にしては若々しく、口調もハッキリとしている。
「最近はどうなの?お仕事行ってるの?旦那様はお元気?」
矢継ぎ早に質問され、こちらが戸惑ってるうちに話は次々と先に進む。
「やっぱり結婚されているから安心よねぇ。うちの娘は一人だから心配で。良い人がいればいいのだけれど」
私が返事をする前に、その母親は鬱病である娘の事を話し始めた。
「今もまだ入院しているのよ」
「……そうですか。心配ですね」
「ね、可哀想でしょう?私も本当に辛くて」
「……はい」
何と言えばいいのか分からなかった。
その母親は続けた。
「あの子は本当に可哀想なの。本当なら今頃結婚して子供もいたはずなのに。こんな人生になって可哀想で涙が出てくるわ」
可哀想。
何度も繰り返されたその言葉が耳についた。
母親に可哀想だと言われる事。私なら辛い。
それに鬱病でなかった場合の自分の未来を想像される事も負担でしかない。
そもそも鬱病である娘を可哀想だと母親が言う事自体、どこか他人のようで違和感がある。
私は彼女の母親と自分の母親を重ねた。
もしかして母も私の事を可哀想だと思っているのだろうか?鬱病でなければ今頃子供がいたのに……と想像したりするのだろうか?
彼女の母親は言っていた。
「娘を助けられるのは私しかいないから」と。
彼女が病院から家に帰りたくないと言ってる理由が分かるような気がした。
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