沈黙
――前回の続き。
その美容室の外観は私の好みであった。
一番気に入ったのは窓がない事。
美容室と言えば、大抵が明るく開放的で、壁一面が大きな窓で占められている。
だがその美容室は違った。
外から見ると窓一つなく、ドアの横に看板は立っているものの、中の様子は全く見えない。
このドア、開けていいんだよね?
そんな気持ちになる程の違和感であったが、ズッシリと重いそのドアを開けた先もまた薄暗く落ち着いた雰囲気であった。
店内はアンティーク調で統一され、個性的な椅子やテーブルがお洒落に調和していた。
「いらっしゃいませ」
静かな声でこちらを見ている男性がオーナーらしい。写真で見た通り、お洒落な美男子だった。
恰好いい。それは確か。
だが今までの美容師とは違い、営業スマイルがないな、と思った。決して無愛想なのではないが、良くも悪くも自然体。
ネットの書き込み通り、いいかもしれない。そう思った。
無理な営業トークもなさそうだし、席数が少ない為に静かで、私以外の客は一人だけだった。
その客は女性美容師が担当していたが、特に会話する様子もなく黙々と作業しているし、客は雑誌に熱中している。
私は担当してくれるその男性美容師に、希望する髪型を簡単に説明した。
彼は優しく穏やかに受け答えし、「それではシャンプーしますので」と、シャンプー台まで誘導してくれた。
なるほど、口コミどおりだ。確かに口調が優しい。
そしてその後のシャンプーもまた他とは違った。
「お湯加減いかがですか?」「痒いところはないですか?」「首は痛くないですか?」などというお決まりの言葉が一切ない。
静かにただ黙々と洗うのみ。優しく静かに包み込むようにシャンプーされ、思わず眠ってしまいそうになった。
その後いよいよカットが始まったのだが、これが本当に一切会話しない。
完全に無言なのだ。
この静かな空気。私が求めていた空間のはず。
なのにこの沈黙が気まずくなり、徐々に息が詰まり始めた。
私から何か話すべきなのだろうか?いや、この人は静かに仕事をしたい人なのかもしれない。だけどこのままずっと沈黙で?
作業をしてもらっている間、ずっとそんな事ばかり頭の中で考えてしまい、結局いつも以上に疲れてしまった。
意外な事に、今までの営業トークを適当にしてくれた美容師相手の方がずっと楽かも……と思う自分がいた。不思議だ。
それとも沈黙の美容室に慣れていないだけだろうか?何度も通えばこれが普通になってくるのだろうか?
カットはとても上手かった。
だが次回も行くかどうか……迷っている。
よく読まれている記事