基準

キラキラと輝くその時計はとても私の好みだった。
じっくり見てみたいと思ったが、すぐに店員が近寄ってきた。
「素敵ですよね」
そう声をかけられて、曖昧に笑顔を浮かべながらゆっくりその場を離れた。
買うつもりなんてない。ただ素敵だから見たかっただけ。
気弱な私は店員と会話をしてしまうと、断れなくなりつい買ってしまいそうだ。
そうならない為にも後ろ髪を引かれる思いで逃げるしかなかった。
でもその一瞬の「素敵だな」と思った自分が新鮮だった。
時計を素敵だと思った事は今まで無かったから。
そもそも、指輪やネックレスなども一切興味がない。だからどれが素敵なのか、基準が分からなかった。
だけどその時計を見た時、単純に「わぁ、いいな。欲しいな」と思った。
帰宅してから、あの時計は何だったのかを調べた。
調べるのは困難だと思っていたが、案外すぐに見つかった。価格とメーカー、そして北川景子さんを記憶していたのが良かった。
そう、私が見たのはシチズンのクロスシーだった。
パソコンの画面で見ても、「うん、やっぱり好きだな」と思った。価格も私にとっては十分高いが、買えない価格ではない。
また、普段仕事や買い物時に使うにはこれぐらいの価格が高過ぎず安過ぎずでいいような気がした。
そしてその後、ネットで「40代時計」で調べ続けた。
さらに、長く使えるものとして「50代時計」でも調べた。
するとどんどん自分の中で気持ちが変化する。
まずクロスシーの対象年齢が若すぎる。
そして40代以上の時計としては、安っぽいのかも……と。
皆が良いと勧める、カルティエ、オメガ、タグ・ホイヤーなどを頑張って買うべき?
さらにもっと腕時計を見慣れてくると、やっぱりロレックスかジャガールクルトが一番良く見えてくる。とても私に買えるような価格ではない。
うーん、どうしよう……と悩む。
こんな事で何時間もネットサーフィンをしているのだから幸せなものだ。
それにいつの間に時計を買う事になったのだ?
偶然時計売り場を通り過ぎただけだったのに。
そうして、最後に候補になったのが、ロンジンのドルチェビータ。
だけどカルティエのタンクのパクリのようだと書かれているのを見て、なるほど……と意気消沈。
そしてふと我に返った。
私、まるであの頃の同僚のようだ。こんなにも腕時計に夢中になり、価値観がおかしくなっている。さらに、ネットでの書き込みを読み、他人にどう見られるか?それを基準に時計を選んでいる事に気付いた。
なんだか疲れた。
結局以前より少し腕時計について詳しくなっただけで終わりそうな気がする。
よく読まれている記事