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私のいる場所

ころり

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――前回の続き。


「それで、今は家にずっといるの?」

と奥田さんに聞かれたので、私は正直に「居る日が多いですが、時々派遣で働く日もあります」と答えた。

週何日ぐらい?長期で契約?
奥田さんは質問を続けた後、「そうか、でも正社員で働いている訳じゃないのなら、うちに戻ってくる事を考えてもらえませんか?」と言った。

戻ってくる。

あぁ、30代の頃はそんな言葉をもう一度言ってもらうのを心のどこかで待っていた気がする。ようやく忘れる事が出来た頃、こんな風に言ってもらえるなんて。

だが現実にその職場に戻るのか?というとそれはすぐに決める事が出来なかった。

確かに今の派遣の仕事はこの先どれだけ続けられるか分からない。ずっと私が落ち着いて居られる場所だとは思えないし、職場の人への情もない。遣り甲斐も収入も昔の仕事とは比較にならない。

奥田さんは「戻って来てくれるなら、もちろん報酬も以前よりアップしますので」と給料の事まで持ち出した。

だが今の自分には無理だ。あの頃とは違う。自信なんてカケラも無いし、ただでさえ今は抗鬱剤を服用しているような、すぐに手が震えてしまうような人間なのだ。とても勇気が出ない。

「戻るなんて……勇気がないです」

ボソッと、私はつい正直な気持ちを言葉にした。

それを聞くと奥田さんは、「大丈夫ですよ。皆も歓迎すると思いますよ。まぁ、ご主人とも相談して一度考えてみて下さい」と言い、明るい声で「ではまた」と電話を切った。

しばらくその場に立ち尽くした。

どうしよう。頭では絶対無理だと分かっている。
だが数年前まで未練がましくあの職場を思い出していた自分が邪魔をする。

これがラストチャンスだよ?戻るなら今だよ?そんな風に昔の自分が言う。







だが一方で、今の自分は思う。
一体あれからどれだけ月日が流れたと思っているのだ。過去は美化されるもの。実際戻ってみたらまた嫌な所ばかりが目について、こんなはずじゃ無かったと後悔するのがオチ。
何より他のスタッフが歓迎などするはずがない。人間関係の対立が激しいあの職場で、出戻ってきた人というレッテルを張られるのはキツイだろう。

その夜、夫にこの件を話してみた。

「どう思う?」

私がそう聞くと、「どう思うって……戻らないでしょ?もう自分で決めてるくせに」と言われてしまった。
図星だ。だが誰かにそう言って欲しかったのかもしれない。

その数日後、また奥田さんから電話があった。

奥田さんの口調は明るく、どこか私が戻ると確信しているような話し方だった。
「それで、どうですか?」と言われて私はやはり戻る事は出来ないと伝えた。

奥田さんは急に声のトーンを落とし「どうして?報酬の問題なら……」と言いかけたが、私はその言葉を遮った。

「今の働き方が今の自分には合っているんです。職場も気に入っているので」

後半は嘘だった。だが変に可能性を持たせない方が良いと思った。

「そうか……残念だなぁ……」
そう奥田さんは言ったまま、しばらく受話器の向こうで無言だった。

その後、私はずっと言いたかった事を言った。

「でも電話を下さって、とても嬉しかったです。あの頃もとても良くして頂き、ずっと感謝していました。ありがとうございます」

こんな自分に思いっきり仕事をさせてくれてありがとう。
そんな時期を過ごさせてくれてありがとう。

ずっとずっと長い間、お礼を言いたかった。それが今吐き出せた。
私の中の何かが終わるのを感じた。

「いやいや、そんなこちらこそ」と奥田さんはまた明るい声に戻り、その後は少し世間話をして「じゃあまた」と言って電話を切った。

もう二度と「また」はないだろう。
だけど電話を切った私はスッキリしていた。また明日から何もない日々が続く。だけどこれが今の私がいる場所なのだ。






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Posted byころり