空想
この新興住宅街に住み始めてから、いつか引っ越ししたい、いつかこの場所から脱出したいと思い続けていた。
若い頃にはそれを現実にしようという意気込みもあり必死に働いていたが、今ではそれも遠い夢となった。
それでも毎週入る住宅の広告にはつい目がいってしまう。
もう引っ越しは無理だと思いながらも、見るのは新築ではなく中古物件。
まだ諦めていない自分がいて、中古ならもしかして……と心のどこかで期待しているのかもしれない。
しかし安いと思う物件があれば古すぎるし、この家なら住みたいと思う物件は高かった。
インテリアブログなどを時々見るが、中古物件を購入してお洒落にリノベしている家などに憧れる。だがリノベするお金もない私達にはあまりにも古すぎる家は難しい。
贅沢は言わない。
家はそんなに大きくなくていい。
築年数も20年以内なら十分。
夫婦二人老後も住む事をイメージ出来る家がいい。
自治会の活動が少ないのも重要。
何よりも同世代の家族が集まっていない地域。
出来れば今の家の売値で買えるぐらい……。
贅沢は言わないと言いながらも、改めて書いてみるとかなり贅沢。
そんな都合よく安くて気に入った家なんてある訳がない。
そう思いつついつものようにその日も広告を見ていた。
すると、ある家に目が留まった。
築15年。平屋の2LDK。
部屋数は少ないが、各部屋が広いので私達には十分過ぎる。寝室10畳、和室8畳、LDK30畳。今住んでいる家とは大違いだ。
リビングが広いので間仕切ればもう一つ部屋を作る事も可能だし、不要であればこのまま広く使える。
そして家以上に魅力的なのが、その建てられている地域だった。
住宅が密集しているのではなく公園や店が多く並ぶ地域で、今私達が住んでいる場所のように同世代の家族ばかりが顔を寄せ合うような雰囲気ではないように思う。
いいなぁ……、憧れるなぁ……。
だが価格が高い。
今の私達の家の売却予想額より700万程高かった。
実際買い替えとなると、仲介手数料や手続きの費用も必要になる為にさらに差は膨らむ。
高い。簡単な金額じゃない。
今の住宅ローンが残っているのに、さらに借り入れを増やす程の価値があるのか。
だが借入期間を延長し、老後も細々と返済していけば何とか……そんな甘い錯覚に陥ってしまう。
私は小さな部屋でそんな空想にふけった。本気で買うつもりがない事は自分でも分かっているのに。
お金の問題は確かにあるが、本当の問題はその行動力が今は無いという事。
「もし引っ越ししたら」「もしこんな家に住めたら」
そんな事を想像するのが今の私には精一杯。
広告を隅々まで眺めた後、私はその紙を小さく折り畳みゴミ箱に捨てた。
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