カラッポ
私はカラッボになったそのビルの一室を見て呆然となった。
つい先月までその場所には私が通院していた心療内科があったはず。
先月、かなり久々に私は心療内科に行った。
以前鬱病が酷い時、他の病院にも行ったがなかなか相性が合わず、今の病院がようやく落ち着けた場所であった。鬱を繰り返しその度お世話になった。だが寄りかかっていたつもりはなかった。優しく話を聞いてくれて薬を処方してくれる。ただそれだけ。
だからこの医師が私の心を治してくれる訳じゃない。とても良い医師だが過度な期待をした事はない。
先月行った時にもとても良い対応をしてくれたが、あまり心の内を話せなかった。
久々だという事もあり、とりあえず慣らしとでも言おうか……そんな感じだった。
だがあれから私の不安定さは改善されず、今日こそ医師に自分の不安感をさらけ出し、もっと現状を打ち明けようと決意して再び病院に行ったのだ。
なのに病院のあったはずの場所に何もない。
そこにはガランとした空間があるだけ。
どういう事?先月私はここで受診したはずだ。
私は嫌な予感がしたが、きっと場所を移転したんだろうと自分に言い聞かせ、その場で診察券にある番号に電話した。
すると「おかけになった電話番号は現在使われておりません」のメッセージ。
その音声に「やっぱり……」となぜか分かっていた事のような気がした。
だが真相は分からない。ただ病院の看板も何もかもが消え、病院の移転案内、もしくは閉院のお知らせさえも貼られていない。
私は近くの薬局がまだ営業している事に気付いた。
その薬局はかつて心療内科の院外処方を受けていた。病院のすぐ近くだった為、その病院の患者はほとんどの人がそこで薬を受け取っていただろう。
私は薬局に入った。
「すみません」と声をかけると、奥から見慣れた薬剤師の女性が出てきた。
「あの、そこの心療内科なんですけど、閉院されたのでしょうか?」
私がそう聞くと、薬剤師は少し言い辛そうに「えぇ……そうなんですよ」と答えた。
「どこかに移転とかじゃなくて、完全にやめてしまったのですか?」と更に私が念押しで聞くと、薬剤師は「……そう、そうです。残念ですが」と言ったが、その口調で何か理由を知っていそうだと感じた。
だがそれ以上追及する事も出来ず、私は礼を言いそのまま薬局を出ようとした。
するとその薬剤師は「あの……これ、どうぞ」と、一枚の紙を私に渡した。
「え?」何かと思って見ると、そのA4サイズの紙には見慣れたあの医師の文字が並んでいた。
「突然の事だったので、もし閉院後に患者様が来られたらこれを渡すように頼まれているんです」とその薬剤師は言った。
やはり何か事情があったんだ……。
私はその医師からの「手紙」を手にして薬局を出た。
内容が気になったが読むのが怖かった。
自分の車に戻り、気持ちを落ち着かせて手の中に握っていたその手紙を開いた。
――続きます。
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