10年後
__前回の続き。
そんなある日、いつもの様に洋子ちゃんの家で遊んでいた時、洋子ちゃんがまた怒り始めた。いつもの様に物を投げつけてきたのだが、私がひたすら耐えている事が気に入らないらしい。
「言いたい事があったら言い返しなさいよ!弱虫!イライラする!」と言って、私が反撃しない事に怒り、いつも以上に強く殴られた。
その瞬間、今まで苦笑いしていた私の顔に涙が流れた。
洋子ちゃんと仲良くなり2年間。少しずつ溜まっていたものが溢れ出した。
私がシクシクと泣き始めると、洋子ちゃんは「そういう弱いところが嫌い!」と言って、「もう帰ってよ!」と、私は洋子ちゃんの家から追い出された。
私は次の日、洋子ちゃんに手紙を書いた。
「もう友達にはなれません。ごめんなさい」
たった一行。それだけ。
学校に行き、洋子ちゃんの机にそっと手紙を入れておいた。洋子ちゃんはすぐに気付いたらしく、その日私達は会話もせず目も合わさなかった。
3日程して、私の机に手紙が入っていた。私が書いた一行とは対照的にかなり長文の洋子ちゃんからの手紙。
そこには今までの謝罪が書かれており、「もし悪い所があるなら努力して直すから許して欲しい」と書かれていた。
それでも私はもう洋子ちゃんと友達になりたいとは思えなかった。元に戻るのが怖かった。
次の日、洋子ちゃんにまた一行だけ手紙を書き、机に入れた。
「無理です。ごめんなさい」
洋子ちゃんはどれ程傷付いただろうと思う。
まだ子供なのにそんなやり取りをするなんて、今から思い返すと小さな大人のようだ。
私は、中学生になれば全てが変わる、洋子ちゃんと会う事もなくなるんだ……と思っていた。
それが信じられない事に、洋子ちゃんは私と同じ中学に進学し、さらに3年間、私と洋子ちゃんはずっと同じクラスだった。
嘘のような本当の話。神様はイジワルだ。
私は中学生になると新しい友人達が出来て、それなりに楽しく過ごしていた。
しかし洋子ちゃんは小学生の頃と変わらずずっと一人で居た。いつも机で本を静かに読んでいた。
クラスが一緒だった3年間、私は極力普通に洋子ちゃんに接するようにした。友人としてではなく、クラスメイトとして。
「おはよう」
「このプリント、皆に回してね」
「来週のグループ課題、何にする?」
話す必要がある時だけだが、私は出来るだけ自然に話しかけた。だが洋子ちゃんは一言も私に返事をしなかった。3年間ずっと。
私にあんな仕打ちをされたのだから恨んでいて当然かもしれない。
最初は返事のない洋子ちゃんに話しかけるのは苦痛だったが、いつしかそれが気にならなくなった。もしかして洋子ちゃんは怒っているのではなく素直になれないだけかもしれない……そう思えてきた。
だから私はずっと無視されても洋子ちゃんに話しかけ続けた。
そうして3年が過ぎ、中学校の卒業式の日、門の前で洋子ちゃんが立っていた。
「あれ?洋子ちゃん、どうしたの?」と声をかけると、ムスッとした顔のまま洋子ちゃんは、「これ、ころりちゃんが好きだと思って」と言い一冊の本を差し出した。
「貸してくれるの?」
「もう要らないからあげる」
「ありがとう」と言うと、洋子ちゃんはぎこちない笑顔を浮かべ、「それじゃ」と言い帰って行った。
それっきり。
でも凄く嬉しかった。
そして長い月日が流れ、最後に洋子ちゃんと会った日から10年が経ったある日。
突然洋子ちゃんからハガキが届いた。
洋子ちゃんらしい美しい桜の絵が印刷されたハガキに、一行だけメッセージが書かれていた。
「あれから10年経ちました。」
驚いた。もちろん洋子ちゃんとの事は忘れた事はなかったが、私にとっては子供の頃の遠い思い出だ。10年も経ってから相手にハガキを送ろうと思う程、もう心には残っていなかった。
しかしその文字を見た瞬間、洋子ちゃんにとっては私と二人で過ごしたあの期間が、どれ程大きなものだったのか思い知らされた。そしてどれ程洋子ちゃんを深く傷つけた出来事だったのかも。
* * * * * *
今やっているドラマ「わたしを離さないで」の二人の女性を観ているとあの頃を思い出さずにはいられない。
私はいい子であろうとして絶対に怒る事はなかったが、洋子ちゃんはきっと私にもっと気持ちをぶつけて欲しかったのだろう。心を開かない相手と一緒にいる程寂しい事はない。
こうして思い出すと子供の頃から私自身、何一つ変わっていないと思う。相手に気持ちをぶつけるというのは今でも私にとって難しい事だから。
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