救えなかった命
――前回の続き。
翌日、まずは子猫を動物病院に連れて行く事にした。
近所に新しく出来た病院だったが、まだ若い獣医師であった。
一通り検査をしてくれたがあまり愛想がなく、栄養失調で衰弱している事や、他の病気を持っている可能性もある事を説明された。
取り敢えずは体力をつける為にと、栄養剤の入ったミルクを渡され与え方も指導してもらった。
だが最後にその獣医は、「その子、野良猫でしょ?凄いノミだよ」と言った。
その言い方に愛情を全く感じられず、私の気持ちはスッと引いた。
そんなの分かってる。だが今はシャンプーやノミ取りが出来ない程、その子猫は弱っていた。
それはあの神社で見かけた時から分かっていたし、だからこそ早く病院に連れて来たのに。
次は別の病院に行こう、そう思った。
その日の夜、子猫はミルクをほんの少し飲んだ。
トイレも普通に出来た為、ほんの少し安心した。
健康状態が気になるが、変わらないクリクリした瞳と、ゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えにくる姿を見ていると、きっと治ると信じていた。
次の日、夫が休日だった為に、早速違う動物病院に一緒に行った。
そこは家から車で30分程の場所にあるが、以前知人が「気さくな良い先生よ」と言っていたのを思い出したのだ。
子猫をタオルケットに包んでずっと胸に抱いたまま、私達は待合室で待った。
昨日行った病院と違い、結構待合も混み合っている。
この病院ならきっと子猫を元気にしてくれる。
まだ名前もないその子猫を私と夫は大切に見つめた。
名前が呼ばれ、夫は待合で待ち、私だけが子猫を抱いて診察室に入った。
獣医師は昨日と対照的な60歳代ぐらいの年配の男性が立っていた。プックリと太った女性の助手が一人。
獣医師は確かに昨日と違って人当たりが良かった。
「おぉ、小さいなぁ。ちょっとこっちに来ようか」と優しく話しかけながら私から子猫を受け取った。
私はこれまでの経緯を説明し、昨日もらったミルク等を見せた。
獣医師は「ふんふん、よしよし」と愛想よく相槌を打ちながら、「それじゃあ今からちょっとお注射しますね」と言った。
助手の女性が子猫を押さえる。
獣医師により、手際よくあっという間に注射が打たれた。
その瞬間。
子猫が「ギャーッ!」と聞いた事もないような叫び声を上げ、ビクビクッと痙攣したかと思うと一瞬にして気を失った。
――え?何?どうしたの?意味が分からない。
私が呆然と立ち尽くしていると、助手の女性と獣医師が小声でボソボソと何か会話し、そのままその獣医師が奥の部屋に消えた。
何なの?子猫はどうなったの?
頭が真っ白で言葉が出ない。だけど胸だけがドクドクとし、息が止まりそうだった。
助手の女性が私の持っていたタオルケットにその子猫をそっと包み、一言言った。
「残念です」
ブワーッと涙が溢れた。私はその場で嗚咽した。涙が滝のように流れ、子猫を抱きしめ人目を憚らず「ウッウッウッ」と唸り声を上げた。
何も考えられなかった。だけど早くこの場所から立ち去りたかった。
号泣しながら待合室に行った。記憶にないが当然全員が注目していたと思う。
夫が駆け寄ってきて、「どうした⁉」と聞かれた。
私は「いいから、とにかくいいから」とだけ言い、車で待つように夫に言った。
その後も涙は止まらず、泣きながら会計を済ませた。
病院を出て、夫が待つ車の助手席に乗り込んだ。
待っていた夫が「どうなったの⁉」と怒ったように聞いてきたので、ようやく私はそこで「……死んじゃった」と答えた。
夫は「どういう事だ!」と逆上し、病院に戻って獣医師を問い詰めると言い出した。
多分それは誰もが思う事だろう。私もそれが正しい行動だと思う。
だがその時の私はとにかく静かにして欲しかった。騒ぎたくなかった。それ程悲し過ぎた。
「お願い。早く家に帰りたい」
嗚咽しながら夫に言うと、夫は納得出来ないながらも、仕方なくそのまま家に帰宅してくれた。
その後、夫と二人で子猫を埋葬した。
* * * * * *
子猫と過ごしたのは出会った日から数えてもたった5日。だけど今でも色褪せず、あの子の姿を思い出せる。辛く後悔の気持ちばかりが蘇る。
もっと早く保護していれば……
あの病院に連れて行かなかったら……
注射の内容を確認していたら……
夫はあれ以来、あの子猫の事はほとんど話さない。
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