鳥居の下
ずっと何年も前の事。
ある日、私は夫とある神社にお参りに行った。
その時、鳥居の下で小さな、本当に片手に収まる程の小さな子猫がいた。目のクリクリした三毛猫。
まだ歩くのもおぼつかず、ヨタヨタとしながらコテッと転がる姿はまるでヒヨコの様だった。
「ミャーッ」
小さな声。小さな身体。だけど必死にこちらを見て訴えている様だった。
私は久々に動物への愛護心が熱くなった。
自分の事で精一杯で、動物を目にする機会さえずっとなかったので忘れてしまっていた。
だがこの小さな子猫の瞳を見ていると、とても放っておけない。
いや、ダメだ、飼えない。そんな自信はない。
自分の中の理性が言い聞かせる。
だが隣にいた夫もその子猫に心惹かれたのか、「可愛いなぁ」と目を細めていた。
そしてその日もとても寒い冬の日だった。
親猫どころか、周囲に人さえも見当たらなかったが、神社だから常に人が居るはず。きっと誰かが世話してくれるだろう……私と夫は互いにそう言い聞かせながらその場を去った。
だがその夜、その子の顔が私の頭から離れない。
あの瞳、あの声。ただ可愛いとかだけでなく、まるで心はもう家族のように、あの子に親しみを感じていた。
夫にそれを話すと、不思議と夫も同じ気持ちだったようだ。
私達は次の日の夜、夫が帰宅した後に再びその神社に行った。
暗闇の中、その子猫はまるで私達を待っていたかの様に、また鳥居の前にチョコンと座っていた。
「ミャァ~ッ」
私達が近寄ると、すぐにヨタヨタしながらこちらに歩いてきた。
「覚えていてくれたの?待ってたの?」
頭と身体が二頭身。チョンと頭を指で突くと、ゴロンと転がってしまいそうだ。クリクリした瞳が印象的で、「どうしてそんなに見つめるの?」と思うぐらい、ジーっとこちらを見つめている。
子猫はゴロゴロと喉を鳴らしながら、私の足にすり寄った。
すぐに連れて帰りたかった。
だがまた私の中の理性が、本当に飼えるか?無責任じゃないか?とブレーキをかけた。
「夫の方から連れて帰ろうと言ってくれたらいいのだけど……」そう思った。
多分夫も同じ気持ちだっただろう。
「なんだかこの子、ころりの事を家族だと思ってるみたいだね」
そう言う夫の声から、この子猫に対する愛情を感じた。
とても名残惜しかったが、その日も連れて帰る決心が出来なかった。
持参していた子猫用のミルクをあげただけ。この寒空に置いて帰るのは辛かったが、私達は、動物を飼うという事に必要以上に慎重になり過ぎていた。
そして三日目の夜。
その日は行く前から夫と話し合った。
あの子と家族になりたいよね?ちゃんとお世話出来るよね?
二人の気持ちを確認し合い、その日は子猫を見に行くのではなく、迎えに行った。
もし居なかったらどうしよう……。
もう気持ちはすっかり家族になっていた為、あの子がまだその場に居るかどうかが心配だった。
だが子猫はその夜も鳥居の下に居た。
私達が行くと、すぐに子猫は近寄ってきて、喉をゴロゴロ鳴らしている。
「寒かったね。お家に帰ろうね」
そう言ってその子を抱き、三日目にしてようやくその子と一緒家に帰る事となった。
――続きます。
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