少年
――前回の続き。
まさか噛まれていたなんて思ってもいなかった。
犬が飛びかかってきた時、二匹が取っ組み合いみたいな状態になってはいたが、私が見ていた限り、互いに噛む行為はなかったように見えた。それに、犬同士を引き離した後も、どちらの犬も元気に歩いていたし見た目には全く分からなかった。
しかし実際は噛まれていたのだ。すぐに気付けなかった自分が悔しい。
だが、私の愛犬は血は出ていたものの、元気そのもの。それ程深い傷ではないようだが念の為にあとで動物病院に連れて行く事にした。
しかしそれよりも……。
私が愛犬の傷に気付いた瞬間から真っ先に頭に浮かんだのは、相手の犬に傷はなかったのだろうか?という事。
あの場では少年は大丈夫かという事ばかり気にしてしまったが、元気そうにワンワン吠えて興奮している犬の方は大丈夫だと思い込んでしまっていた。
しかしこちらに傷があったという事はあちらにも十分あり得る。
これは相手側の家に伺うべきではないか?そう思うと居ても立ってもいられず、家から飛び出した。
しかしあの少年の家が分からない。名前も知らない。
それでも家は近所のはずだ。
取り敢えず小学生の子が多い方向に行ってみた。
すると案の定、毎日のように繰り広げられる井戸端会議の母親集団が道端で楽しそうに笑い声を上げていた。
とても気まずい。
近所付き合いがない中でも、最も苦手な集団であり、若いママばかりで直接会話した事がある人は一人もいなかった。
しかしこの母親集団にあの少年の事を質問するしか、彼の家を見つける方法が思いつかない。
「すみません」
私が集団に声をかけると、一瞬にして皆が黙りこちらに注目した。
「あの……この辺りで、ミニチュアシュナウザーを飼ってるお宅ってありませんか?小学生の男の子がいると思うのですが……」
今まで楽しそうに盛り上がっていたのを中断させてしまった事で、私は恐縮すると共に、こちらをジッと見つめる皆の視線が怖かった。
それに、すぐに返答がなく、皆顔を見合わせて「知ってる?」「さぁ……」と言っているのを聞いているだけで、早くこの場から立ち去りたくなった。
「あ、ご存知なかったらいいです。すみませんでした」と言い、立ち去ろうとした時、一人の主婦が背後から言った。
「あっちの方に○○さんってお宅があるんだけど、シュナウザー飼ってるし、男の子いますよ。その家かも」と隣の班の方向を指さして教えてくれた。
「あ、じゃあ行ってみます。すみません、ありがとうございました」と言い私はその家に向かった。
またあの井戸端会議のネタになってしまったかしら?そんな事を思ったが、それよりも今はあの少年と犬、母親に会う事が重要だ。
そして教えてもらった家を見つけ、インターホンを押すと、見慣れた顔の女性が出てきた。
いつもあの犬を連れてすれ違っていた女性だ。
「何か?」
機嫌が悪いのか、明らかに迷惑そうな顔をして聞かれたが、私はオロオロしながらも2時間程前にあった出来事を説明した。
「それで、もしお宅のワンちゃんにケガでもさせていたら申し訳ないと思いまして……」と言うと、女性は面倒臭そうに、家の中に向かって息子の名前を大声で呼んだ。
するとあの少年が登場し、私が「さっきはごめんね、大丈夫だった?」と再び声をかけたが返事はなく、母親が息子に、「ちょっと、この人の言ってる事、ホントなの?そんな事があったの⁉」と強い口調で質問している。
少年が「……うん」と小さく頷くと、母親は物凄い剣幕で怒り出した。
「そういう事があったらお母さんにちゃんと言わなきゃダメでしょっ!どうして黙ってるの‼」
え?あの……息子さんに怒って頂きたい訳じゃないんですけど。そう思ったが口を挟めぬ剣幕で、「ワンちゃんが元気か確認したかっただけですので」と言うのが精一杯だった。
するとその母親は、「お宅の犬、怪我してたんですか⁉病院代払いましょうか⁉」と、私にまで怒り口調。誰もそんな事は言ってないのに。
怖い……来なきゃよかった。
とてもうちの犬が噛まれた事なんて言えるはずもなく、別に病院代を請求に行った訳でもないのだから、「問題がなかったのならいいんです」とだけ告げ、ようやくその家から出る事が出来た。
……疲れた。
でも犬の具合も確認出来たし、母親にも一応報告出来たのだから、自分自身の気は済んだ。
しかしあの少年、親に何も言ってなかったんだ。
もしかして私が余計な事を報告してしまった為に、あの親にお説教の続きをされてないだろうか?
あの無口な少年の涙ぐんで俯いていた顔がいつまでも頭から離れなかった。
「あ、じゃあ行ってみます。すみません、ありがとうございました」と言い私はその家に向かった。
またあの井戸端会議のネタになってしまったかしら?そんな事を思ったが、それよりも今はあの少年と犬、母親に会う事が重要だ。
そして教えてもらった家を見つけ、インターホンを押すと、見慣れた顔の女性が出てきた。
いつもあの犬を連れてすれ違っていた女性だ。
「何か?」
機嫌が悪いのか、明らかに迷惑そうな顔をして聞かれたが、私はオロオロしながらも2時間程前にあった出来事を説明した。
「それで、もしお宅のワンちゃんにケガでもさせていたら申し訳ないと思いまして……」と言うと、女性は面倒臭そうに、家の中に向かって息子の名前を大声で呼んだ。
するとあの少年が登場し、私が「さっきはごめんね、大丈夫だった?」と再び声をかけたが返事はなく、母親が息子に、「ちょっと、この人の言ってる事、ホントなの?そんな事があったの⁉」と強い口調で質問している。
少年が「……うん」と小さく頷くと、母親は物凄い剣幕で怒り出した。
「そういう事があったらお母さんにちゃんと言わなきゃダメでしょっ!どうして黙ってるの‼」
え?あの……息子さんに怒って頂きたい訳じゃないんですけど。そう思ったが口を挟めぬ剣幕で、「ワンちゃんが元気か確認したかっただけですので」と言うのが精一杯だった。
するとその母親は、「お宅の犬、怪我してたんですか⁉病院代払いましょうか⁉」と、私にまで怒り口調。誰もそんな事は言ってないのに。
怖い……来なきゃよかった。
とてもうちの犬が噛まれた事なんて言えるはずもなく、別に病院代を請求に行った訳でもないのだから、「問題がなかったのならいいんです」とだけ告げ、ようやくその家から出る事が出来た。
……疲れた。
でも犬の具合も確認出来たし、母親にも一応報告出来たのだから、自分自身の気は済んだ。
しかしあの少年、親に何も言ってなかったんだ。
もしかして私が余計な事を報告してしまった為に、あの親にお説教の続きをされてないだろうか?
あの無口な少年の涙ぐんで俯いていた顔がいつまでも頭から離れなかった。
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