家族になる
そんな風にして家に来た愛犬だったが、順調に家族になれた訳ではなかった。
もちろん手のひらに乗るようなまだまだ小さな赤ちゃんで、可愛くてまるで家の中に灯りがともったかのように空気が一変した。
しかしその変化し過ぎた部分に私はついていけなかった。
当然ながら、仔犬というのはまだ何も理解出来ない。
トイレの躾もまだだし、好奇心旺盛で、油断すると何を口に入れるか分からないし、どこから飛び降りてしまうかも分からない。
そして何より、少し成長してくるとキャンキャンと鳴くようになり、特に夜ケージで寝かしていると、一晩中でも鳴き続けた。
私は何度も起きてケージの外から「どうして寝てくれないの?」となだめ寝かせようとしたが、結局ダメで、私がケージの横で添い寝したりもしたが、それでも一向に鳴き止む気配はなかった。
その鳴き声が近所迷惑になると気になり、仕方なく根負けしてケージから仔犬を出した。
すると大興奮して部屋中をダダダダダッと走り回り、気が済んだかと思えば、今度はオモチャを持って私の目の前に来て「遊んで」という目で見つめる。相手をしてはこの子の思う壺だと思い、我慢して無視していると、またキャンキャンと永遠に鳴き続ける。
それが夜中の2時、3時。
何とか寝かそうと、仕方なく自分のベッドへ連れて行き、抱いて添い寝してみたりもしたが、すぐに私の腕から這い出て、布団の上でまるでウサギのようにピョンピョン飛び跳ねる。これがまた1~2時間続く。
もうどうしていいか分からず、一睡も出来ずに呆然と眺める日が続いた。
トイレをしても、ウンチを足で踏んだり銜えて部屋に持って来たりするものだから、その度にシャンプーや掃除をする事になり、もうくたくた。
夜も昼も同じ状態で、私の神経はこの仔犬の事でピリピリしていた。
冷静に考えれば仔犬とはこういうもの。当然だ。
それが仔犬の可愛いところなのに。
私はストレスを感じ始めていた。
ある日、実家の母に「犬を飼い始めたよ」と事後報告した。
すると母は「そんな……大丈夫?今は自分の事でも精一杯なのに」と図星をさされ、あなたには犬を飼う資格はないと言われてる様で悔しくて、もう母にはしばらく電話しないと決めた。
そんな中でも無邪気に甘えてくる仔犬は可愛い。ちょこんと私の膝に前足を置いて、キラキラとした目で見つめてくる。
こんなに可愛いのに、こんなに愛おしいのに、でも受け止めかねた。
仔犬が来てまだ1ヶ月も経っていない頃、私は夫にこぼした。
「この子の鳴き声を聞くとイライラしてしまう。そんな自分が嫌で余計に苦しくなる」と。
鬱病患者にとって、ペットを飼う事は効果があるとよく聞くが、反面、それがストレスとなって逆に悪化する場合もあると言う。
私は悪化とまではいかないが、心ではとても嬉しくて可愛いと思っているのに、自分がちゃんとした飼い主になれていない事にストレスを感じた。
夫は
「それじゃ、誰かに貰ってもらう?もうこの家に居なくてもいい?」と試すように私に聞いた。
私は
「……うん、そうして」と答えた。
なんて無責任なんだろう。それでも、このままこの家に居てもこの子を幸せにしてあげる自信がなかった。私の鬱のせいで暗いこの環境にこの子を巻き込んでしまう。
でも夫は仔犬を手放さなかった。
「僕にとってはもうこの子は家族だ。誰かにあげるなんて絶対無理。これからは僕が面倒をみるからころりは何もしなくていいよ」と言った。
夫に呆れられた?見捨てられた?そんな気持ちにもなったが、もうどうにでもしてくれたらいい。
そんな諦めの気持ちで夫に任せた。
それからしばらくは夫が全て仔犬の世話をしてくれた。
私は家族でありながら、夫と仔犬を遠くから見つめる存在になった。寂しかったが少し気持ちが楽になった。そして母の言うとおり犬の世話も出来ない自分が情けなかった。
しかしそんな私にも仔犬は変わらないキラキラした目を向け続けてくれた。
私が泣いていると首をかしげてこちらを見つめてくれた。
そっと傍に寄り添ってくれた。まるで慰めるように。
* * * * * *
今は私も普通に世話をし、愛犬とも会話が出来るようになり、何よりも大切な存在となっている。やはりあの時手放さなくてよかった。夫のおかげだ。
今も私の膝の上でスヤスヤと眠る愛犬。
その小さな温もりが今日も私を癒してくれている。
でも夫は仔犬を手放さなかった。
「僕にとってはもうこの子は家族だ。誰かにあげるなんて絶対無理。これからは僕が面倒をみるからころりは何もしなくていいよ」と言った。
夫に呆れられた?見捨てられた?そんな気持ちにもなったが、もうどうにでもしてくれたらいい。
そんな諦めの気持ちで夫に任せた。
それからしばらくは夫が全て仔犬の世話をしてくれた。
私は家族でありながら、夫と仔犬を遠くから見つめる存在になった。寂しかったが少し気持ちが楽になった。そして母の言うとおり犬の世話も出来ない自分が情けなかった。
しかしそんな私にも仔犬は変わらないキラキラした目を向け続けてくれた。
私が泣いていると首をかしげてこちらを見つめてくれた。
そっと傍に寄り添ってくれた。まるで慰めるように。
* * * * * *
今は私も普通に世話をし、愛犬とも会話が出来るようになり、何よりも大切な存在となっている。やはりあの時手放さなくてよかった。夫のおかげだ。
今も私の膝の上でスヤスヤと眠る愛犬。
その小さな温もりが今日も私を癒してくれている。
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