未練





回数券を購入したスポーツジム。

あれからも時々気が向いた時に行っている。最初に担当してくれたインストラクターの太田さんが勤務している曜日に合わせて行っているのだが、相変わらずとても感じの良い人だ。

私が黙々とマシンの上で歩いていると必ず声をかけてくれ、ストレッチなどをしている時には横に来て、一緒にストレッチをしながら体作りのアドバイスをしてくれたりする。あまりしつこい人だと鬱陶しくなるが、その加減が丁度良く、何より会話する声のトーンや表情が落ち着いていてしっくりくる。

この日も私がストレッチをしていると、「あまり頑張りすぎない程度、気持ちいいと感じる程度で止めて下さいね~」と言いながら寄ってきてくれた。

振り返ると、何となく先日見た時よりも更にお腹が大きく目立ってきたような気がする。

彼女は妊婦だ。


「大きくなってきましたね」と私が声をかけると、「さすがにもうストレッチもし辛くなってきました」と太田さんは笑った。

太田さんは現在週3日のパートらしいが、出産、子育ての為に今年いっぱいで退職するらしい。

私も太田さんが居るからこのスポーツジムに通う気になった様なものなので、彼女が居なくなるのなら私もそれまでにしようかな、と思っている。

私が「太田さんが退職されるのは残念です」と言うと、「私も本当は出産間際まで続けたり、出産後も出来れば続けたいぐらいなんだけど、やっと出来た赤ちゃんなので、無理しないでって周囲にも言われてるんです」と太田さんは答えた。


その後私から何か聞いた訳ではないが、なぜか太田さんは自分から話し始めた。

「私、もう何年も不妊治療やってたんですよ」

えぇ?そうだったの?
何となく健康そのもので若々しい太田さんに不妊治療という言葉が意外だった。

「でもまだお若いですよね?」と私が言うと、「私、もう43ですよ~」と太田さん。

ビックリ!運動をしている人ってこんなに若く見えるのだろうか?私はてっきり太田さんは36、37歳ぐらいだと思っていた。

それから太田さんが不妊治療の時期の苦労話をし始めたので、私も子供がいないけどもう諦めた事を伝えた。


すると太田さんに静かな口調で「本当にもう後悔ない?」と聞かれた。

太田さんは30代はずっと不妊治療を続けていて、その間病院をあちこち転々としたらしい。私も知る近所の病院なので、色々話を聞いていると、「あぁ、あそこの先生は厳しいよね」とか、「あそこは評判が良くないよね」など、話が合う。

不妊治療を頑張った私ではないが、太田さんの話を聞いていると「あぁ、あの頃はそんな噂を色々聞いたなぁ」と不妊で悩んでいた時期の自分を思い出した。

まだそれ程遠い過去ではないのに、なぜか心はずっと昔のように感じる。

太田さんはいくら不妊治療をしても結果が出ず、41歳の時に諦めたらしい。だが43歳になった今、ふともう一度頑張ってみたくなり、久々に病院に行き顕微授精して見事一回で妊娠したらしい。

太田さんは「もしほんの少しでも未練があるのなら、まだチャンスはあるよ」と言った。

いつの間にかお互い敬語が取れ、まるで友人のような会話になっていた。相手によってはお節介で迷惑だと感じてしまったかもしれない会話だが、相手が彼女だと素直に聞けたし、本当に彼女が妊娠出来て幸せそうだなぁと思う。

だが、やはり私にはもう頑張る気持ちはない。

太田さんが言うように、ほんの少しの未練はある。だが、それだけ。

多分一生この未練はなくならないだろう。ずっと未練を感じながら生きていくと思う。

未練を無くす為に頑張る人と、未練を持ちながら生きていく人。

その決断で人生が大きく変わるかもしれない。だがもう自分が決めた事。後悔はしない。してはいけないと自分に言い聞かせて生きていくと思う。

「頑張って元気な赤ちゃん産んでね」と私が言うと、「ありがとう」と太田さんは笑った。
その顔がキラキラと眩しく輝いて見えた。




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Posted byころり