逃げる人
派遣先でのお昼休憩。私はいつも黙って座っている。まるで存在しないかのように。
この日の話題はKさんの事だった。
「この前ね、Kさんをスーパーで見かけたの!」一人のパート主婦が言った。
「え~?嘘!で、で、どうだった?」と食いつく他のパート達。
この話題を聞くまで私は気付かなかったが、どうやらKさんはいつの間にかこの会社を辞めてしまったらしい。
私も滅多に来ないので詳しい様子までは分からないが、最初にこの職場に来た頃から、Kさんは「いじめられキャラ」だな、と分かった。
私も人の事は言えないのだが、Kさんはとても大人しくて弱々しい。声も小さくて仕事も失敗が多い。可哀想で見ているのが辛くなるぐらいだった。
子供も大人も同じ。
そんなタイプの人はイジメの標的になりやすく、最初は小さなイジメだったのかもしれないが、私が見かけた頃には皆がハッキリと分かるイジメになっていた。
無視は当たり前。
さらに小さな失敗をしただけで「どう責任とるつもり⁉」と大声で怒鳴られたり。
仕事をまともに教えてもらえないので失敗するのは当たり前に見えた。
私は遠目にその様子を見ていたが、助ける程の善人ではない。
とてもそんな危険な事をする勇気はないし、こちらに火の粉が飛んでくるのが怖い。ただでさえ自分自身も馴染めていないのに。
でも、あまりに可哀想な現場を目撃すると、こちらまで息苦しくなり、こんな会社……というより、こんな社会が嫌になった。
職場でも近所でも家族でも、波風立てずに穏やかに皆で過ごすのは無理なんだろか。
スーパーでKさんを見かけたというパート主婦は言った。
「それがね、絶対私に気付いてたはずなの。一瞬目が合ったから。それなのにね、くるっと向きを変えて無視したんだよ!あり得ないでしょ!」
と、興奮してその時の様子を語った。
聞いていた一同は、
「あり得なーい!」
「感じわるー」
「やっぱりダメな人って結局そういう人って事よね」
口々に皆悪口を言い始めた。私は黙って聞いていた。
そのKさんが目を逸らして無視した気持ちが痛い程分かった。
あれだけイジメていて、無視される方が当たり前だ。退職した今、Kさんにはもう何も愛想をする理由も義務もない。恨み言を言われなかっただけまだマシだと思う。
だが、あまりに私が沈黙して聞いていたからか、一人が私にその話題を振ってきた。
「ねぇ、ころりさんだって、もしスーパーで前の職場の人と出会ったら、挨拶ぐらいするでしょ?」
どうだろう。私だって相手によれば無視する可能性が高いと思った。
だが波風を立てる返答をしてはいけない。
「そうですね、挨拶ぐらいは」と私は答えた。
聞いていた皆も納得したように、「そうよね~、それが常識よね~」とまた話を続けていた。
本当は私も常識のない逃げる人なんだよ、そう心で呟きながら私はそのまま静かに聞いていた。
「あり得なーい!」
「感じわるー」
「やっぱりダメな人って結局そういう人って事よね」
口々に皆悪口を言い始めた。私は黙って聞いていた。
そのKさんが目を逸らして無視した気持ちが痛い程分かった。
あれだけイジメていて、無視される方が当たり前だ。退職した今、Kさんにはもう何も愛想をする理由も義務もない。恨み言を言われなかっただけまだマシだと思う。
だが、あまりに私が沈黙して聞いていたからか、一人が私にその話題を振ってきた。
「ねぇ、ころりさんだって、もしスーパーで前の職場の人と出会ったら、挨拶ぐらいするでしょ?」
どうだろう。私だって相手によれば無視する可能性が高いと思った。
だが波風を立てる返答をしてはいけない。
「そうですね、挨拶ぐらいは」と私は答えた。
聞いていた皆も納得したように、「そうよね~、それが常識よね~」とまた話を続けていた。
本当は私も常識のない逃げる人なんだよ、そう心で呟きながら私はそのまま静かに聞いていた。
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