劣等感





――前回の続き。



今までの職場でも、いくら自分が仕事を頑張って完璧にこなせたと思っても、隣の席でのんびりと郵便物を仕分けしていた女性が、

「Sさん、T大出てるんだって?凄いじゃん、頭いいんだね」と尊敬の目を向けられる。

もし、高学歴の人が仕事でミスをしても、

「Sさん程の学力があっても人間だしミスはあるんだね。ハハハッ」と許される。


一方、私も含め学歴が低い人には

「ころりさんにはちょっと難しいかな?分からなければそれ以上やらなくていいから」と言われる。


若い頃にはそれも楽でいい……という気持ちであったが、年齢を重ねるにつれ自分は仕事が好きなんだという事に気付き始めた。

もっと仕事をしたい。任されたい。認められたいという気持ちが強くなった。
なので、どんな仕事も一人で背負い勉強しながらこなしていった。投げ出すのは嫌だった。負けず嫌いだから。そしてそれを成し遂げた時の達成感が堪らなく嬉しかった。

誰もそこまで求めていなかったかもしれないのに、私は高学歴の人に追いつこうと必死だった。

そこまで自分なりには頑張ったつもりでもある日言われた。

「ころりさんみたいに四大卒でなくても仕事が出来る人がいるんだね」

きっと言った本人は褒めてくれたつもりだろう。
だけど私は恥ずかしくて辛かった。高学歴の人には分からないかもしれない。
いくら仕事が出来ると言われても、結局「四大卒でない人」と言われる事のコンプレックスは消しようがない。





何とかこのコンプレックスを消したいと思い、ある時期には資格取得の為に猛勉強を始めた。

夢中だった。必死だった。
毎日深夜まで勉強を2年程続けた。今から思い出しても、その頃はその勉強の事で頭が一杯だったように思う。

純粋にその資格が欲しいというより、その資格があれば高学歴へのコンプレックスが消えると思い込んでいた。高学歴に対抗出来る資格であれば何でも良かったといってもいい。

そして2年後、合格通知がきた。感動で手が震え、涙が出た。その勉強の為に2年間、遊ぶ事も買い物もTVを見る事さえ全くしていなかった。風呂でもトイレでも暗記帳をずっと見ていた。その努力が結果に結びついたと思うと心底嬉しかった。

だが今振り返って思う。この時でさえ、共に喜び合う人がいなかった。誰にも勉強をしている事は話していなかった為、完全な自己満足であった。

それでも私はこの資格があれば今後どこの職場に行っても学歴差で引け目を感じる事はなくなるんじゃないか――そんな期待を持ってしまっていた。

それは完全な間違いであった。

確かに履歴書で資格を書くと「へー凄いね」と言われる。だが、その前後に「短大卒なのに頑張ったんですね」と言われる。

有名大学卒だとその資格は価値があるが、低学歴の人が取得しても「たまたま取れたんですね」という風にしか受け取られない。
資格があり、その道の仕事が出来たとしても、結局仕事が出来ないけど高学歴の人の方が認められやすいという事を実感した。


結局私は自己満足の為に必死に勉強した時期があるだけで、今はこの通り何も活かす事が出来ていない上に、まともに働く事さえ出来ていない。

高慢な気持ちを持たず、謙虚に大人しく「簡単な仕事が楽でいいです」と言っていたあの若い頃のままであれば、もっと人生が変わっていたのではないかと思う。

今は自分のダメさ加減が分かっているつもり。
でもこんな風に高学歴の人に仕事を教えろと言われると、心の奥で何か疼くものがある。






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Posted byころり