最終的に行き着く先は宗教団体?

以前の夫は、「仕方がないから僕がころりを見送ってあげるよ」と言っていた。
私より1日でも長生きしてくれると言うのである。
それは私があまりにも弱く、一人残されるときっと精神的に耐えられないだろうと案じての事。
しかし愛犬が亡くなって以降、夫は私によく言うようになった。
老後は自分が先に死にたい
取り残されるのが嫌だ
僕を見送ってくれ
残される辛さを実感し、自分には耐えられないと思ったらしい。
それは分かるが、そう言われると私も辛い。
そしてさらに夫は、自分は他に生き甲斐や楽しみを見つけなくてはと言い始めた。
愛犬に依存し過ぎていたからこんなに辛いのだ。
今後また子犬だけを生き甲斐にしてしまったらきっと辛くなると。
その通りだと思うが、既に私はもうこの子犬が生き甲斐になりつつある。
そして最近は、夫婦で共通の仲間が出来ればいいなと夫と話すようになった。
そういう仲間がいれば、私達のどちらかが先立ったとしても、残された方も残した方も、少しは気持ちが救われるかもしれない…と思う。
しかしどうやって仲間になれそうな人を探せばよいのだろう?
仲間とまではいかなくても、時々会話できる知人程度でもいい。
そしてそれぞれの友人を作るのではなく、出来れば夫婦同士で一緒に会えたり出来れば理想的。
子なしや犬好きといった同じ環境で同世代なら尚更共感出来る事も多いかもしれない。
しかし、「老後に孤独になってもお互い助け合いましょう」と言い合える仲間…と想像していると、ふと宗教団体が浮かんだ。
以前、宗教活動に熱心な知人がいて「どんな時も私達がついています。助け合いましょう」といつも言っていた。確かに彼女はお金がなくても結婚をしていなくても子供がいなくても、全く不安が無い様子で、「私には仲間がいる」と言っていた。
私が求めているのはあんな感じではない…と思いつつ、結局あぁいう事を求めているのかな?と分からなくなった。
そのうち宗教団体に加入してしまいそう。
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