おひとりさま





家からそれ程遠くない所にフレンチレストランがオープンした。

ある日ポストを覗くと、オープン記念として近隣の人にディナーの割引チケットが配られていた。通常のコース料理が半額以下になるようだ。
そのチケットと一緒に入っている広告を見ると、味は分からないがなかなか素敵な店に見える。フレンチといってもカジュアルで気楽な感じであった。

普段外食なんてほとんど出来ない私だが、折角なのでその割引チケットを使って夫と一緒に行く事にした。

「こんな割引チケット持って来る人なんていないんじゃないの?貧乏臭くて恥ずかしいよ」

夫にそう言われ、「そうだよね」と思いつつも滅多にこんな店では外食出来ないと自分に言い聞かせ、気にしないフリをしつつ夫の背中を押した。


ある日の夜、その店を訪れた。

ドアを開けるとすぐに数人客が椅子に座って待っているのが見えた。

「わ、こんなに待つの?」と夫と顔を見合わせ、コソコソと「帰る?どうする?」と言っていると、店員が寄ってきて「割引チケットをお持ちですか?」と聞かれた。

「え?あ、はい」と答え、バッグに忍ばせていたチケットを渡す。

どうやら店内に入る前にチケット利用の客がどうか先に確認している様であった。
後からどんどん客が入ってきたが、その場にいた全員が割引チケットを利用していたので驚きと共にホッとした。
結局帰るタイミングを逃し、他の客と共に椅子に座りしばらく待つ事となった。

そんな中、次に入ってきた客が女性一人であった。

もしかして後から同伴者が来るのかな?と思って観察していたが、一人で淡々と割引チケットを渡し、一番隅の椅子に一人腰を掛けた。
こんな店にこんな時間に一人で来るなんて勇気がある。私はいい歳して一人で食事に行くのが苦手だ。
最近の若い人は「おひとりさま」が平気な人が多いと聞くが、その女性は私と同年代ぐらいに見え、バリバリのキャリアウーマンというよりは専業主婦のような雰囲気に見えた。


しばらくし、ようやく私達の順番がきて席に案内された。

店内は想像通り雰囲気が良く、照明を落とし落ち着いた雰囲気で、どこか隠れ家的なのが私好みであった。
他の客に目をやると、ほとんどの方が夫婦やカップル、家族連れ、なかには主婦4人組という人達もいた。皆楽しそうに談笑しながら食事している。



いよいよ運ばれてきた料理を食べようとした時、隣の席に客が案内されてきた。

見ると、あの一人で来ていた女性だ。
やはり同伴者はおらず、一人で壁側の席に座った。

割引チケットの客はメニューが決まっているので注文の必要はなく、その女性客は料理を待つ間、ジッと真正面を見据えて微動だにしない。
一人の待ち時間となると、よくスマホをいじっている人がいるが、この場所ではマナーに反すると思ったのかどうか、その女性は何をするでもなくただ一点を見つめているだけであった。

私達は隣席で彼女の存在が気になってしまい、私達夫婦まで口数が少なくなりただ静かに食事した。

少しして彼女の料理も運ばれてきて、彼女は食事を始めた。
黙々と食べ、時々「うん、美味しい」とか呟いている。

周囲を気にせずこんな風に来たい時に来て、食べたい時に食べたい物を食べる。
そんな当たり前の事が普通に出来るこんな人は、日常の生活でも周囲に流される事なく自分を持っているのであろう。

そんな風に想像しながら食事を続けていると、突然彼女が私に話しかけてきた。

「あの、すみません、ちょっと写真撮ってもらえませんか?」

と言いながらスマホを渡された。

「えぇっ?」

咄嗟の事に驚き、こんな店でいいのだろうか?と躊躇する。

「店の方に確認した方が……」と私が言うと、彼女は店員に確認し、了解を得ると料理の前でピースをした。

私は戸惑いながらも何とか写真を撮り終え、彼女にスマホを返した。

「ありがとうございます」

彼女はそう言ったきり、また黙々と食事を続けた。


……凄い、我が道をいくとはこういう事だろうか。
あの写真、ブログか何かにアップするんだろうか。
きっとそのサイトでは美味しそうで楽しそうな内容に映るのだろう。
しかし私達の隣で固い顔をして黙々と食事されていた姿とのギャップを感じ、彼女は本当に食事を楽しんだのだろか?と不思議でならない。

その日の食事、結局彼女の事ばかり気になって味の方はほとんど覚えていない。




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Posted byころり