その他大勢の私と、たった一人の私

―――前回の続き。
愛犬が亡くなった日、その日は在宅ワークをスタートさせる日であり、初めて打ち合わせに行く予定だった。
今まで色んな人と会話をする度、何度も「犬で?」と言われてきた。
犬ごときで、という意味。
犬の為にそこまでする?所詮犬でしょ。そう思う人が多い。
だがそう思う人が悪い訳ではなく価値観の違いだし、実際、全ての場面において犬を人と同じ扱いにするのは無理があると思う。
私自身は完全に愛犬を我が子のように思い、人以上に感情移入しているが、それは個人の勝手な思いであり、それを他人に押し付けるのは違うかなと。なので、
「家庭の事情で」
「親が急病で」
そんな無難な嘘をつこうかとも思った。相手を納得させるには手っ取り早いと思ったから。
しかし、そもそも初っ端からこんな迷惑をかけておいて、今後この仕事が出来るのか?という気持ちがあった。
打ち合わせの日を変更して欲しいなんてとても言えない。
そしてただでさえ合わない雰囲気だと感じている会社なのに、こんな事があった後でも平気な顔をして関わっていけるのか?気まずくて仕方がない。きっとあちらも、やる気がないなら辞めてくれと思われそう。
私は嘘をつくのをやめた。
事実を話し、今回の採用は辞退する事にした。
事情を説明するのだから、もしそれを理解してくれる会社であれば、「いやいや、辞めなくてもまた打ち合わせ日を変更して…」と言ってくれるかもしれない。それが無いなら、やはりこんな中途半端な気持ちの人は要らないという事だ。
そして電話をし、人事担当者に代わってもらい正直に話した。
すると担当者はあっさり、「分かりました」と言い、電話が切れた。たったそれだけ。
色々考えたのが馬鹿らしいぐらい、バッサリ切り捨てられた。私の話もまともに聞いていなかったかもしれない。辞める口実の嘘だと思われたかもしれない。
何にしてもただの在宅ワーカー。私の代わりは山のようにいるのだ。
唯一出来そうな仕事を失ってしまった事に一瞬茫然となったが、今から思うとこれで良かったし、この精神状態では仕事が負担になったと思う。
会社ではその他大勢の私も、愛犬にとってはたった一人の私。
悲しみがある時、仕事があるという事が救いになる場合もある。
私も昔飼っていた犬が亡くなった時には仕事に救われた。
しかしそれは仕事が順調で、職場環境に慣れていたから。
今回のように緊張や不安がいっぱいで、尚且つ初めての職場では、逆効果なような気がする。
仕事もせず「ただの引きこもり」の自分に、今でも自己嫌悪になる日がある。
だが愛犬が今回仕事を始める当日に倒れた事も、私に「この仕事はやめた方がいいよ」と知らせてくれたのかもしれない…と受け止めている。
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